「グラン・ブルー完全版」

作品データ

  • タイトル:グラン・ブルー 完全版
  • 原題:Le Grand Bleu / Version Longue
  • 製作年:1988年
  • 製作国:フランス
  • 上映時間:168分
  • ジャンル:ドラマ/アクション・冒険
  • 監督:リュック・ベッソン
  • 脚本:リュック・ベッソン、ロバート・ガーランド
  • 音楽:エリック・セラ
  • 出演:ジャン=マルク・バール、ジャン・レノ、ロザンナ・アークエット
  • R指定:R15+

あらすじ


幼い頃から海と深く結びついて生きてきたジャックと、彼の親友でありライバルでもあるエンゾ。二人は素潜りでどこまで深く潜れるかを競いながら成長していく。
そんなジャックの前に、保険会社に勤めるジョアンナが現れる。ジャックに惹かれていくジョアンナだったが、ジャックにとって海は単なるスポーツではなく、人生そのものだった――。

未鑑賞の方へ

この記事には、作品についての感想や、物語の展開・結末に触れています。

「まだ観てないけど、内容は知りたくない!」という方は、

ぜひ先に映画を楽しんでくださいね。

ここから本編

30年ぶりに「グラン・ブルー完全版」を観た。厳密には、当時はオリジナル版を鑑賞したと思う。グラン・ブルーに関してはとにかく長尺版が様々出ているため、混乱するがひとまずこれをオススメでよかろう。

見事に、当時との感じ方が違う自分にビックリした。こういうのが名作を引っ張り出してきて、改めて鑑賞する醍醐味のひとつだとしみじみ。

リュック・ベッソン監督は大好きですが「原点にして頂点」て言われてるけど、1990年代〜2000年代以降も実に飛ばしたよねー!自身も青春ド真ん中で、フランス映画が大好きになりました。

そこにきて、今「グラン・ブルー」。「上がってくる理由が見つからないからだ」ージャックーとても印象深い、伏線回収みたいなセリフ。

冒頭にこれを持ってきてしまったが、ベッソン監督の描く主人公の共通点は、見つからないもの』と『見つけたもの』漢のロマンの探求。勿論、女性版も。

でもさ、この主人公たち。

実に純粋で、無骨で、チャーミング、そして魂が美しい。まさに映画でしか出会えないキャラクター。

「グラン・ブルー」の作品ではやはり映像美が全面にくる。月明かり、日差しの中の穏やかで優しい海と、深海の中の冷たさと、全てを遮断する絶対的な静寂と、人間だからこそ感じる恐怖。

しかし、人間の身体の限界=水深100程と言われている中で、こんなに恐ろしい競技があるなんて。フリーダイビング(素潜り)の「ノーリミッツ」という種目なんですって。

ジャック・マイヨールさんをモデルに「グラン・ブルー」の世界。自身の潜水哲学なり思想や人生観が、素晴らしい映像美と共に反映されている。

そしてジョアンナ演じる、可愛い可愛いロザンナ・アークエット!彼女の立ち位置で、現実と物語のバランスを取っている。脚本ってすごいよな!

深海の水温=約10°

水圧=海面の10倍

普通に「え!? 4にに行くの!?」みたいな競技ですわ。サポート体制の雑把さ、医療体制の雑把さ…思うところは多々あるが、観るべきところはそこではないのだろう。

ジャック(ジャン=マルク・バール)とエンゾ(ジャン・レノ)

幼なじみであり、ライバル、信頼の強い関係は、海とも深く繋がっている。マンマにもジョアンナちゃんにも、誰にも決して立ち入れない世界。

現実の世界は、物質世界、精神世界、客観的知識の世界など、様々な負荷があまりにも多すぎるから、ジャックもエンゾも違和感を感じながらも、折り合いを付けて生きていた。

特にジャックはね。

このジャック演じた、ジャン=マルク・バールさん、少年期から青年期になった時ビビった。もう、もう、瞳がっ!!イルカちゃんじゃないか!!  と。間違って人間に生まれてしまったんだー!

父親を飲み込んだ海、仲間、家族(イルカ)が集う海。そこに永遠を感じているのに、現実は人間の肉体を持っている。その肉体も彼には重たい負荷となる。

ジャックが「人魚に会う方法」をジョアンナに語るシーンがある。

[海の底まで降りていくんだ…略…そして、静寂の中で浮いてるんだ

そこに留まり「彼女たち(人魚)のために死んでもいい」と決意する。

そうして初めて、人魚たちは姿を現してくれる

君を迎えに来て、君の愛を確かめるんだ

その愛が誠実で、純粋なものなら…

彼女たちは君を受け入れ、永遠にその世界へ連れて行ってくれる…]

とまぁ、ね。もう、言っちゃってるじゃないですか。その感覚が私も、うっかりわかるような年頃になってしまった。そして羨ましくもある、ときたもんだ。

そしていつもベッソン監督の描く女性は強くてしなやかなんだ。そりゃ〜!一旦、泣くわよ、喚くわよ。でも強い。

『山男の歌』という古い古い歌があって。現代風に言えば「危険を顧みない男に惚れると、心配が絶えないよ」みたいな。山男、海男、宇宙男、、、などなど。

それぞれに魅入られた男たちは『行く』のであるから、「そこに山があるから」だとか、「そこに海があるから」「宇宙の果を見てくる」などと言って。

残されるジョアンナちゃんはじめ、我々は「肉体が消失する」ことと、恐らくエゴの少し先の未来を恐れているわけで。だから、身軽であればあるほど羨ましく思う。

「今ここ」に執着がなければないほど、とも言うのかな。

とはいえ良くも悪くも、様々な複雑な感情や、苦痛や快楽を味わえるのは、この不便な肉体があってこそ。私たちは今は急がずに、この不便さを味わいながら、ゆっくり、ゆっくりと身軽になるのを楽しみにするとしましょう。

いつの日か、ひとりひとりの、それぞれの人魚と再会出来るかも知れない。

今夜はしっぽり、マンマのパスタならぬ、マ・マーのパスタをたらふく食べようではありませんか!

Chao!

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